「まえがき」より
「哈爾濱」という都市は、清国の故地である満州の中心地に、あたかも鋭い楔を打ち込むようにして建設されたロシアの東方進出の拠点であった。 しかし、それは単なる植民地ではなく、北満の地に第二のモスクワの再現を目論んで、ロシアの政治力と資金と労働力と文化の全てを総動員して、心血を注いで建設した名実ともに純然タル」ロシアの都会であった。 なかでも、かつてはキタイスカヤ街と呼ばれた哈爾濱随一の繁華街にある石畳の道の両側に純西欧風のクラシックなビルが建ち並ぶさまは、恰も建築芸術の博物館を呈していたといってもよい。 そのなかを優雅なロシア人たちが悠然と往き来していた。
かつては外地に生活したことのある日本人の中でも、とりわけ哈爾濱在住者にとっては、今でも強烈な想い出が残っている。 その郷愁の強さを突きつめていくと、そこにはこうした哈爾濱のまれにみる街並みの美しさと、白系ロシア人の哀しいまでのしたたかな生きざまへの愛着があったのである。 哈爾濱に生きた日本人にとって、哈爾濱を心の故郷として想いをはせるゆえんがここにある。往時の哈爾濱には、心の輝きがあった。なかでも哈爾濱随一の高さを誇った松浦ビルは際立っていた。
中略
1905年末から実施された哈爾濱の通商開港を契機として、早くも1906年には熊沢洋行、鐘ヶ江商店などが相次いで開業し、1907年には三井物産出張所や梅原商店なども開業し、同時に日本総領事館が阿什河街に設置され、さらに満鉄哈爾濱事務所として日満商会が開設された。 そして1908年には民間の日本居留民会も発足するなど、日本人の経済活動の基盤は着々と築かれていたのである。 こうした状況を受けて、次々に進出した日本商社の中に松浦洋行もあったのである。しかも松浦洋行はロシア人の商業活動の中心域であるキタイスカヤ街にあって、モデルンのルネサンス様式やチューリンのアールヌーヴォー様式と対峙して、ひときわ高く聳え立つ松浦のバロック様式の大殿堂は、それを仰ぎ見る者を圧倒して止まないほどの雄姿を備えて、燦然と輝いていた。 その外壁に豊かな装飾を施した圧倒的な実在感そのものが、日本人の羨望の的でさえあった。
中略
本書の意図するところは、創業者である松浦吉松の生家の歴史から解き起こし、開港後の横浜における松浦吉松の経済活動の状況に至り、さらにその発展過程としての哈爾濱に目を向けて、松浦洋行に視点を定着させた。 すなわち、先ず江戸から明治、大正、昭和に至るまでの四代にわたる激動の日本経済の断章を探る中での松浦洋行の実像を追っていく。 次にこれを基盤として、日本人が哈爾濱で活躍した時代の実相を追い、その旗頭としての松浦吉松と彼を支えた人々の果てに、輝かしい巨大商社として結実した歴史的な松浦洋行の役割を明らかにしていくというのが、筆者の意図するところである。
しかしながら、哈爾濱についての資料は決して多くはない。なかでも、松浦洋行に関する資料は数少ないといってもよかった。 したがって、たとえ間接的で些細な記述であっても、それらを丹念に重ね合わせるという作業を地道に続けていくうちに、ようやく哈爾濱という都市の歴史の中にあった松浦洋行の実像が見えてきた。
しかし、どうしても点が線にならない場合には、止むを得ずそうした状況証拠を基にした推測で補うことになったことをあらかじめお断りしておく。
なお、本文に続いて可能な限り関連資料を伏したので、それらを合わせて目にして頂きたい。なかには今まで目にすることがなかった稀有なものもある。
| 目次 抄 | |
|---|---|
| 第1章 | 創業者 松浦吉松の生家と生い立ち |
| 第2章 | 横浜への進出と松浦貿易店 |
| 第3章 | ウラジオストクそして哈爾濱へ |
| 第4章 | 哈爾濱、松浦商会の創業年次 |
| 第5章 | 哈爾濱、松浦商会の創業位置 |
| 第6章 | 横浜、松浦商会の挫折と救済 |
| 1 ロシア革命による輸出代金の回収不能 | |
| 2 特種会社、日露実業株式会社による救済 | |
| 第7章 | 哈爾濱、松浦商会の経営改革 |
| 第8章 | 松浦ビルの用地取得から竣工まで |
| 1 時代背景と建築意図 | |
| 2 土地の取得 | |
| 3 建築年代の考察 | |
| 4 建築当時における経済状況 | |
| 5 工事の進拶状況 | |
| 6 松浦洋行ビルの建築概要 | |
| 第9章 | 松浦ビルの設計者の考察 |
| 第10章 | 松浦ビルの建築様式 |
| 第11章 | 松浦ビルの敷地面積と建築規則 |
| 第12章 | 松浦ビルの各部と建築規則 |
| 第13章 | 松浦ビルの建築資金の調達方法の可能性 |
| 1 松浦私札の発行による資金調達の可能性 | |
| 2 両替業による資金調達の可能性 | |
| 3 借地権の担保差入による資金調達の可能性 | |
| 4 日露実業株式会社からの資金調達の可能性 | |
| 5 朝鮮銀行からの借入の可能性 | |
| 6 横浜正金銀行からの借入の可能性 | |
| 7 各方法論の要約と貢献度 | |
| 第14章 | 松浦ビルの使用状況 |
| 第15章 | 敗戦後の松浦企業各社の行方 |
| 第16章 | 松浦ビルとロシア居留民会 |
| 第17章 | 松浦一族の係累と各社の概要 |
| 1 松浦吉松の生家の家計図 | |
| 2 松浦各企業の概要 | |
| 滋賀:伊吹堂亀屋商店 | |
| 京都:株式会社 松浦商店 | |
| 大阪:松浦株式会社 | |
| 横浜:株式会社 松浦貿易店 | |
| 横浜:株式会社 藤松組 | |
| 哈爾濱:株式会社 松浦洋行 | |
| 哈爾濱:株式会社 マツウラ | |
| 哈爾濱:株式会社 太陽貿易公司 | |
| 第18章 | 松浦洋行年表 |
| 第19章 | 松浦洋行経営者の系図と年表 |
| < 1 松浦吉松の家計図/TD> | |
| 2 松浦吉松の年表 | |
| 3 水上多喜雄の家計図 | |
| 4 水上多喜雄及び俊比古の年表 | |
| 資料篇 | |
| 1 | 創業者 松浦吉松の生家資料 |
| 2 | 松浦吉松 資料 |
| 3 | 横浜、松浦貿易店資料 |
| 4 | 水上多喜雄及び俊比古の資料集成 |
| 5 | 哈爾濱、松浦洋行資料 |
| 6 | 教育書店建築概要 |
| 7 | 日露実業(株)資料 |
| あとがき | |
| 参考文献 | |
| 索引 | |
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