第五章 茶帯編(初試合の道のり) *文字サイズは小でご覧下さい。
茶帯になると、道場で行われる行事などにも参加するようになった。そんな中、必然的に僕の試合の話も、持ち上がり現実的になってきた。4月に行われる首都圏交流試合と5月の千葉県大会の2つ出場の話があったが、湯沢先輩と堺先輩が首都圏の試合へ出場するというので、僕は迷わず千葉県大会を選んだ。しかし、千葉県大会と言うと、過去に、松井館長も出場した大会で、レベルの高い事など、その時点では、知る由もなかった。その頃の僕は、高校を卒業して、大学(短大)も決まっていて、やることもないので、殆ど毎日道場へ通っていた。当時の試合用の稽古内容は、1時間半の一般色帯稽古の後、1時間から2時間程行っていた。パンチングミットにワン・ツー・ハイキック2発を、2分間3セット。技の研究・組手・ジャンピングスクワット程度のものだった。その他に堺先輩は、稽古の前に立禅をし、稽古の後に、サンドバック、基礎体力トレーニングを1人でコツコツ行っていた。僕はと言えば、そんな技通用しないだろうと言うことを仲間と真剣に考えていた。今考えれば笑ってしまうような事だが、当時は、初めての試合と言うこともあり、必死だった。でも、そんな日々が楽しくてたまらなかった。そして4月になり、首都圏交流試合の日がやってきた。試合の控え室とか、会場は何か独特の雰囲気が漂っていて、みんな殺気立っているようだった。どこを見てもゴツイ人達ばかりで、僕は「この試合に出ないでよかったー」と心の中で叫んでいた。暫くして、何か会場内で異様な存在感に気づき知らず知らずに目が引き寄せられた。そちらを見ると、他の選手とは何か違う雰囲気と言うか殺気というか、よく分からないが、とにかく何か違う選手がいる・・・・・・後に戦闘マシンと呼ばれる事になる黒沢浩樹選手である。実際は身長も高くないが、何かもの凄くでかく感じた。体も他の選手よりも一回り大きく感じた。僕は改めて「あー、本当にこの試合に出なくてよかったな〜」と思った一瞬であった。
しかし、試合が始まってみると、黒沢浩樹選手は、現在、沖縄にいて、当時、僕の面倒を一番良く見てくれていた親泊先輩に負けてしまったのである。試合は次々進み、準決勝になってみると、勝ち残ったのは、湯澤・堺の両先輩と城西支部の大雅選手・三和選手の4名であった。
試合前の両先輩は廊下で座禅を組んで試合に備えていたのが印象的だった。「頑張ってください」と声をかけに行こうとしたが、雰囲気的にとても近寄れなかったことを覚えている。それだけ、2人の意気込みと言うか気迫を感じた。そして、いよいよ試合が開始されたが、お互い一歩も引かず、白熱した試合内容で、本戦決着が付かず、延長・再延長と、もの凄い熱戦が繰り広げられたのでだった。しかし、結果は堺先輩が準優勝で湯沢先輩が4位に終わった。試合後、2人共、号泣していた。理由はハッキリ分からなかったが、どうも湯沢先輩が優勝して堺先輩がベスト4以内と言うことを2人で約束していたようであった。試合後、自分自信の責任からか、湯沢先輩と堺先輩は頭を丸めていた。そんな2人の姿を見て僕は、男らしさを実感した一幕であった。
そして、いよいよ次は僕の試合が間近に迫って来たある日、試合とは関係はない余談だが大学の体育の授業で49.195Km青梅マラソンコースで、完歩競争というのがあった。ただでさえ走るのが人一倍苦手なのに、「なんてこった〜!」と思いながら、いやいや走ったり、歩いたりの繰り返しで、なんとか完走することができた。空手をやってなかった頃の僕だったら、絶対に不可能な事だった。なにせ空手を始めた頃は体重が90Kg以上あったのだから。その頃から、僕は、ちょっとした自分の体の変化を感じていた。顔つきが変わって、お腹の周りの肉がなくなってきているではないか。そう、連日の稽古のたまものである。
話は戻って、試合が間近な僕は、連日の試合向け稽古の疲労がピークに達し、動きが悪くなっているのにも関わらず、先輩達に技がまともに決まる。これは後で分かった事だが、実は僕に試合の自信をつけさせる為に、先輩達は皆、僕の攻撃をまともに受けてくれていたのである。素晴らしい先輩達である。そんな先輩達の下にいれる僕は幸せ者だと、つくづく感じた。稽古の甲斐か、試合前に登録した体重は82Kgだったが、試合当日は、なんと78Kgまで体重が落ちていた。入門して1年1ケ月。みごと16Kgも痩せていた。


第五章 続編(初試合)
試合の前日、「自分の気持ちを奮い立たせよう」「燃えさせるんだ」「そして自分自身に感動するんだ」「よーし、やってやるぞー」っとなるようなビデオを見ることにした。今考えてみると単純なようだが、皆さんがよくご存知の、あの数見君も試合の前に、よく「仁義無き戦い」などのビデオを見て闘志に火を付けている事をご存知でしょうか。極真の選手は、結構、試合前に映画などを観て気持ちを奮い立たせる人が多いんです。これから試合の望もうと思っている方にもお薦めです。
僕は、1本目に「西部警察」で寺尾何とかが殉職する話、2本目は劇場用の「あしたのジョー2」を観た。そして、どちらともラストシーンでモーレツに感動して試合当日を向かえた。
人の試合を見に行くのとは、まったく違い、全てが新鮮な感じがした。僕は見る側と、やる側とは、こんなに違うんだっと実感した。入場行進は空手バカ一代のテーマソングで始まった。その時、僕は、この試合会場の雰囲気に酔っていた。不思議と緊張などまったくなかった。当時、僕が試合前にするウォーミングアップは、軽く動いたり、ジャンピングスクワット50回やる程度のものだった。しかし、回りを見るとみんなミットを叩いたり蹴ったりしている。僕は、「なんで試合前に、あんな疲れることをするんだろう」と思ったくらいだった。試合開始後、3試合目、「ゼッケン5番。金子雅弘」ついに呼び出しがかかった。
試合会場に上った時は、頭の中が真っ白になっていた。自分がライトアップされているため、回りは真っ暗で何も見えない。
そして、相手の選手が呼び出された。篠崎選手。身長185cm。体重100Kg。場内がどよめいた。僕と篠崎選手の大きさがあまりに違うからだ。身長にして20cm、体重は22kg違う。「そんなの関係ねー」僕は心の中で呟いた。主審の加藤重夫師範が「正面に礼。主審に礼。」「お互いに礼」副審の一人が当時の松井館長が座られていた。試合開始。僕は腰をもの凄く落として低く構えた。構えた左手の向こうに見える相手選手が山のように大きく感じた。「よーし、この山をぶち壊してやる」っという気持ちで正面から思い切ってぶつかっていった。とにかく倒してやると言う気持ちしか頭なかった。とにかく突きを打ち続けた。なかなか相手は倒れない。ましてや、利いた感じもない。それでも正面からぶつかって、なおも打ち続けた。普段の稽古中に考えていた技など、まったく出ないし、頭にも無かった。ただ無我夢中だった。本戦2分間は、あっという間に終わった。そして判定へ。結果は0−0の引き分け。そして延長戦へ。疲れていたけれど、再び相手に向かって、また打ち続けた。「クソーッ。なんで倒れてくれないんだ」とにかく無我夢中で、疲れたとか、苦しいとか分からなかった。本戦での勢いは無くなっていたが攻める気持ちだけは変わらなかった。延長が終わり判定へ。なんと、またしても0−0の引き分け。今度は流石にバテていた。ついに再延長。お互いに手数も減って来た。そんな一瞬の隙をぬって相手の上段回し蹴りの連打攻撃が始まったが、どうにか受けながら相手の懐に入って行った時、相手の左上段回し蹴りの足が、僕の肩に引っかかり前のめりに倒れてしまった。しかも、その上に体重100KGの相手がドスーンっと落っこちてきたからたまったものじゃない。息が出来なくなり、目の前には綺麗な星がキラキラ光っている。
「なんじゃ、こりゃ?」「いけねえー。早く起きなきゃ」と思っても、なかなか思うように起きあがれない。どうにか、こうにか起きあがって、「ちょっと疲れたから、相手の動きでも見るか」っと思ったが、相手が向かって来るから、俺も負けじと向かっていく。
ちょっと態勢が崩れてきたので、態勢を立て直したいなーっと思った時、あることを思い出した。「猪木vsウイリー」戦の時、猪木がリング下に降りて、態勢を整えていた。「これだ!」相手の蹴りを受けるフリをして、自分もマットの下に降りて猪木の真似をした。しかし、降りたのはいいが、身体がフラついてなかなかマットに戻れない。やっとの思いでマットに戻ったが、回りから見れば相手に突き飛ばされてフラフラになっているとしか見られない。戦っている本人からしてみれば、シッカリしているつもりだったが、後にビデオで見たらフラフラ・ヨタヨタで格好悪かった。再び向かい合って「よーし!今度こそ渾身の力を込めて叩いてやる」と思い、右の突きを全体重を乗せて相手にぶつけていった。がっ、しかし、見事なまでに空振りしてそのまま勢い余って1回転して、ひっくり返ってしまった。ついに試合終了の合図。勿論、5−0で負けである。最後の挨拶もフラフラして、まともに挨拶も出来ない。負けたショックと疲れでマットを降りたとたん、ぶっ倒れて気を失ってしまった。暫くして、目を覚ますと目の前に医者がいて、その回りには先輩達や廣重師範が僕を見ていた。いったい、何があったのだろうか?。どうやら、酸欠で倒れて気を失ったらしい。
ただ頭が割れそうにガンガンするし、気持ちは悪くってゲロを吐きそうだった。
暫く休んで、気分も多少良くなった頃、僕に勝った相手の2回戦が始まった。もし、僕が勝っていたら、この人と当たったんだっと思いながら見ていたが、多分この状態だったら絶対に試合場に上れなかったなっと思った。相手の篠崎選手も2回戦で負けてしまった。きっと、相当疲れていたんだろう。僕は改めて、なんて、きびしい世界なんだろうと痛感した。
実は、この試合内容がきっかけで、今後暫く、自分を駄目にしてしまう事になろうとは思ってもいなかった。