福永武彦研究『夢のように』(C)1998 Yuichi Toyokura


〜灰市(仮) 町へ〜

 僕は鞄の中に参考書や着替えなどを詰め込み、ぶらっと電車に乗って叔母が育ったという町に出かけた。その当時は若さがどんな無鉄砲をも許していたし、もとより両親は僕の行動に干渉するということがなかった。僕は叔母から聞いたとおりにその町の駅で降りた。あらかじめ電話で先方の意向を聞いておいたのだが、その時に話をした男が来るかと思っていたら、若い女が迎えに来ていた。代わりで来ました、女は静かにそう伝えると、そのまま僕の前に立って歩き出した。それは夏の初めの日射しの強い日の午後で、流れる汗をシャツの袖で拭いながら、僕は黙って彼女の後ろを付いていき、やっとその家まで着いたときには汗びっしょりになっていた。ここですよ、そう言って彼女は立ち去ろうとした。この家の人でないと判ったので、何か言おうとして、ありがとう、やっと言うと、彼女は少し笑ったようだった。そして、そのまま畦道の向こうの林の方へと歩いて行ってしまった。

by Yuichi Toyokura(H.11.11.04)

戻る