メモ | ユリ属の説明は、こちらをご覧下さい。 学名の正名が付けられたのは1862年(江戸時代末期の文久2年)だそうですが、ヨーロッパに紹介されたのは、その前年の1861年だったそうです。異名は、「Mansfeld's Encyclopedia of Agricultural and Horticultural Crops」によります。 日本特産のユリです。東北地方から近畿地方にかけて分布し、特に関東地方に自生しているそうです。他に、北海道、四国、九州にも栽培されていたものが逸出・野生化して広がっていると言われています。 稀に海岸付近に育っていることがあるものの、主に山地に産するために、ヤマユリと言う和名が付けられたようです。別名が沢山ありますが性質に由来するものとしては、スジユリ(と英名の gold-banded lily, golden-rayed lily、種小名の auratum[金色の、黄金色の])は花被片の模様、コウユリ(香百合)やニオイユリ(匂い百合;サクユリの別名でもある)は香が強いことに因むものと思われます。また、「万葉植物事典」によると、万葉集(759年?成立)の中では「さ百合」と詠まれていたそうです。当時のユリの表記は、「百合」の他に、「由利」、「由理」、「由里」があったそうです。
原種のユリの一つで、コンバー氏のユリの原種の分類では、第4節のオリエンタル (「花専科・ユリ」)、あるいは、Archelirion (Dubouzet氏らの論文)に分類されています。また、Wilson氏の花の形態に基づく分類では、ヤマユリ亜属に分類されています。
多年草です。鱗茎はつぶれた球形をしています。草丈は1〜1.8m、葉は短い葉柄があり、披針形〜長卵形です。花は漏斗状で横向きに咲きます。強い芳香があります。花の直径は20〜26cmだそうですが、大きいものでは30cmになると言われています。花被片は白色で、向軸側には黄色い筋が中央に走り、先端が反り返っています。斑点がありますが、サクユリのように斑点が目立たない変種(variety or varietas; var.)もあります。普通は1本の茎に5〜6輪の花が着きますが、ヤマユリは帯化しやすい性質があるそうで、この場合、100〜200輪の花を着けることもあるそうです。果実は刮ハで、栽培環境によるかもしれませんが、1果実当たりの種子数は400〜600個だそうです。 鱗茎は炭水化物を多く含み、苦みがなく、食用になります。別名のリョウリユリ(料理百合)は、これに由来するのかもしれません。ただし、貯蔵性が悪いと言われています。ユリの鱗茎は漢方では「百合(びゃくごう)」と呼ばれていますが、ヤマユリの鱗茎は稀に用いられる程度だそうです。
変種として、以下のものがあるそうです。
| ヤマユリ(L. auratum) 基本種。形態の解説は上記の通り。もしかしたら、ヤマユリは、狭義には、 L. auratum var. auratum かもしれません。 |
| サクユリ(L. auratum var. platyphyllum) ヤマユリと比較すると、草丈が高い、葉が広くより多く着いている、花が大きい(直径30cm)、花被片の斑点が目立たない、という点で異なるそうです。ただし、葉緑体DNAのスペーサー領域の塩基配列を調べた研究から、ヤマユリよりもササユリに近いという結果が発表されています。 |
| ヤエヤマユリ(L. a. var. florepleno) |
| ヒロハヤマユリ(L. a. var. latifolium) |
| クチベニ(L. a. var. pictum) |
| ハヤザキヤマユリ(L. a. var. praecox) |
| ベニスジ(L. a. var. rubrovittatum)別名:ムラサキスジヤマユリ |
| ムラサキスジヤマユリ(L. a. var. rubrum) |
| シロホシ(L. a. var. virginale) |
| ハクオウ(L. a. var. wittei) |
栽培について、鱗茎から栽培する場合は、秋に植え付けます。繁殖は、ムカゴ、鱗片、実生で行えますが、鱗片は腐りやすいそうです。一方、ユリはウイルスが種子感染しないことから、実生での繁殖がよいと言われています。播種は、春か秋に行います。詳細は後述しますが、ヤマユリの種子は高温に遭遇して地下発芽し、その後の低温に遭遇しないと地上に芽が出ないことから、秋に播種する場合は翌々年の春に発芽します。また、4〜7月に播種すると同じ年の秋(10〜11月)には地下発芽しますが、遅くなるほど地下発芽率が低くなることから、地域にもよると思いますが、6月までに播くのが良いらしいです。なお、秋播きと春播きでは、秋播きの方が地下発芽率が高いそうです(それでも、6月播種でも発芽率は9割)。播種から開花までに4〜5年かかるそうですが、発芽を促進させる方法を用いれば、成長が早い個体なら播種から3年で開花させることが出来るそうです。水捌けが良く肥沃な土壌が向いていて、半日陰を好むそうです。日当たりが良く乾燥し易いところでは、ウイルス病に罹りやすいと言われています。ウイルスをはじめとして病害虫に弱いために、植え付けしてから数年で枯死してしまうそうです。
ユリの種子発芽には四つのタイプがありますが、ヤマユリは地下遅発芽型で、秋に播種した種子は翌年の春には発芽せず、夏を過ぎた頃に地下で発芽し、冬の低温に遭遇した後の春に地上に芽を出すそうで、播種から地上に芽を出すまでにおよそ1年半かかると言われています。このようなことから、ヤマユリの発芽を促進させるためには、人為的に高温と低温に当てることが必要とされます。ユリの種子が発芽するには5つの段階を経ると言われていますが、このうち、高温は生理的に地下発芽出来るような状態になる(ステージI )ために、また、低温は上胚軸休眠を打破させる(ステージIV )のに必要であると言われています。ヤマユリの種子発芽に関する二つの研究報告によると、方法(設定温度、温度処理期間など)に違いがありますが、まとめると次のようになります。
ステージI 生理的に地下発芽できる状態になるのに有効な高温は30℃で、25℃や35℃では発芽率が低くなる。地下発芽の揃いを良くするには少なくとも6週間、実用的には10週間の高温処理が必要。
ステージII〜III 地下発芽に最適な温度は18〜20℃で、15℃や25℃では発芽率が低くなる。処理期間は実用的には25日程度。子球形成まで起こるには6〜8週間の処理期間が必要。
ステージIV 上胚軸休眠を打破するのに必要な低温は5℃が良く、2℃では5℃より効果がやや劣り、10℃で低温処理を行うとステージVでの上胚軸発芽率が低くなる。上胚軸休眠を打破するのに有効な低温処理期間は少なくとも6週間で、それ以上では、更に発芽率が高くなる。
ステージV 上胚軸の発芽に有効な温度は15〜20℃。この時、光がない暗黒条件よりも光がある明条件の方が発芽率が高くなる(夜温20℃の温室で57%の遮光をすると更に良いという結果もあります)。
なお、与える肥料の種類による影響があるようですが、鱗茎は、播種から1年目では平均2.2g、2年目では平均10g、3年目では平均70gまで肥大し、3年目で50〜60%が着蕾開花したそうです。
ヤマユリの花芽分化は、発芽後間もなくして起こるそうです(ここで言う発芽は、鱗茎から花茎の基となる芽を伸ばすことです)。気象条件や地域によって異なると思いますが、参考にした文献では、3月中旬から4月上旬までは花芽はほぼ未分化だったそうですが(この時の芽の長さは0〜1.5cm)、4月中旬から花芽分化が開始され(この時の芽の長さは4.5cm)、7月下旬に開花したそうです。これとは別の文献によると、発芽は低温処理によって促進されるそうです。5℃の低温処理を、0、2、4、6、7、8、9、10週間のように期間を変えて行った場合(処理後は15〜25℃・自然日長のガラス室で栽培)、低温処理期間が長いほど発芽までの日数と鱗茎を植え付けてから開花するまでの日数が短かったそうです。また、低温処理を7週間以上行った場合に、開花率が高く、草丈が長くなったそうです。
ユリ属植物の中には自家不和合性の種(しゅ;species)がありますが、ヤマユリは自家受精も出来ると言われています。ユリ属の他の種との交雑親和性について、種子親とした場合も、花粉親とした場合も、カノコユリ、オトメユリ、ササユリ、ウケユリ、オリエンタル・ハイブリッドとは親和性が高いそうです(参考までに、Dubouzet氏らの研究によると、カノコユリ、オトメユリ、ササユリ、ウケユリは、ヤマユリと同じ Archelirion に分類されています)。他のユリとは交雑しなかったり、交雑しても胚の発育が未熟なために胚培養が必要になることがあるそうです。天然には、ササユリとの交配でできたと推察されるイズユリ(伊豆ユリ。静岡県の下田市、河津町、東伊豆町に自生)があるそうですが、このユリに関する研究報告が発表された時点では、まだ検討するべき事柄があるとのことです。 ヤマユリを親として育成された園芸品種は、イギリス王立園芸協会(Royal Horticultural Society; RHS)の分類のオリエンタル・ハイブリッドに分類されます。世界で最初のオリエンタル・ハイブリッドは、ヤマユリとカノコユリの交配により1869年にアメリカのパークマン氏が育成した L. × parkmanii だそうです。ヤマユリがアメリカに渡ったのがいつなのかは不明ですが、ヨーロッパに紹介されたのが1861年のことだそうなので、これとほぼ同時期だとすると、導入から間もなくして交配に用いられたのかもしれません。なお、ヤマユリは、大きい花形の品種を作るのに利用されているそうです。
追記(2008.8.25.) 右の写真を追加しました。
本棚以外の参考文献
塚本洋太郎監修.原色・花卉園芸大事典.養賢堂.1984年.
Hanelt, P. Mansfeld's Encyclopedia of Agricultural and Horticultural Crops. 1614-1615. Springer. 2001.
Dobouzet, J. G., et al. Phylogenetic analysis of the internal transcribed spacer region of Japanese Lilium species. Theoretical & Applied Genetics. 98: 954-960. 1999.
Okazaki, K. Lilium species native to Japan, and breeding and production of Lilium in Japan. Acta Horticulturae. 414: 81-92. 1996.
Nishikawa, T. Phylogenetic relationship among Lilium auratum Lindley, L. auratum var. platyphyllum Baker and L. rubellum Baker based on three spacer regions in chloroplast DNA. Breeding Science. 52: 207-213. 2002.
歌田明子ら.ユリの種子繁殖に関する研究.II.ヤマユリ,カノコユリおよびパシフィック・ハイブリッド種子の発芽特性に関する研究.園芸試験場報告A.第12号:135〜148ページ.1973年.
新田 斉ら.オトメユリ、ヤマユリの実生栽培に関する研究.第1報.オトメユリ、ヤマユリ種子の発芽および実生球根の肥大について.福島県農業試験場研究報告.第23号:81〜94ページ.1984年.
浅野 昭ら.ヤマユリの発芽に関する研究.園学要旨昭和57年春:312〜313ページ.1982年.
大川 清.日本自生百合の花芽分化期について.園芸学会雑誌.第67巻第4号:655〜661ページ.1989年.
竹田 義ら.低温処理及び栽培温度、日長がアカカノコユリ、シロカノコユリ及びヤマユリ、サクユリの生育・開花に及ぼす影響.園芸学会雑誌.第61巻別冊2:610〜611ページ.1992年.
渡邊 榮.伊豆地方におけるササユリとヤマユリの自然交雑について.園学要旨昭和60年秋:406〜407ページ.1985年.
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